自分で言うのもなんだけど見づらい。
2008年11月13日 23:06| コメント(0)| トラックバック(0)
遊んでるつもりもないのだけど、気がついたらこんな変なものができあがってました。
これじゃ、わかりづらくて使えません。
いろいろなサイトさんを見て「うわぁ、使いづらい」と思うことしばしばなのですが、それより突出して使いづらい。
人のことをとやかく言うのは簡単だけれど、自分ができるか否かと言うのは別問題であると言うことを証明しているようなもんです。
なんかいい方法ないかなぁ。
遊んでるつもりもないのだけど、気がついたらこんな変なものができあがってました。
これじゃ、わかりづらくて使えません。
いろいろなサイトさんを見て「うわぁ、使いづらい」と思うことしばしばなのですが、それより突出して使いづらい。
人のことをとやかく言うのは簡単だけれど、自分ができるか否かと言うのは別問題であると言うことを証明しているようなもんです。
なんかいい方法ないかなぁ。
タグってなんだろう?
どうやって使うんだろう?
と、わからないまま使っていたけれど。
使い方がわかってきました。
わかってくると、使い方が間違っていたことにも気づく。
おのずと、直していく道が開ける。
使ってみなけりゃわからなかったもの。
昔の人はよく言ったもんです。
検索結果の画面を作っていたら、PHPを読まないことに気がつきました。
どうすりゃいいのよ。
これも修行と言い聞かせ。
一に辛抱、二に辛抱。
がんばろ。
まさに、こういうこと。
IE6.0では見れていたので、油断してました。
これだからイヤなんだ。
素人の「限界」を感じるのって、この辺からのように思う。
「満福な日々」には、こんなサイト見つけたぁ!という喜びを載せていこうと思いました。
でもでも。
背景が白のままではバランスが悪いらしい。
どうも私の選ぶサイトは黒ベースが多いのです。
背景画像を探さないとダメなようで。
真っ白で行きたかったんだけどなぁ。
最初の記事をアップして、表示を確認したらこの通り。
エントリーを表示させるタグを入れていなかった。
普通に考えればタグの記述を追加すればいいだけなのに、それがなんとも面倒に感じる。
ほんの数分の作業なのに。
「ほんの数分」なのに、その作業のなかで「何をやるんだっけ?」と「思い出す(もしくは「考える」)」ことが「面倒くさい」。
ここに「指示」があれば、その通りに動けばいいのでストレスが減る。
だから、備忘録を残す。
だから、マニュアルを作る。
「こういうときは、こうする」という「なぞるため」の雛形があれば、作業効率は上がる。
人はそれほどに「忘れ」、「思い出す」ことを「重労働」に感じるということか。
携帯を買い換えたのをきっかけに、一気にモバイル環境を整えようと思っています。
せっかくなので、その備忘録を載せていこうかと考えたのだけど「東京⇔志摩」の移動日記のブログに属させようという腹積もりなんです。
バナーも何もかも暫定で、トップページと同じように出力したらまぁ。
トップページのロゴの色、家電向きだったらしい。
「東京⇔志摩」の移動日記のブログは、思い切り「緑」「癒し」のページを作ろうと思っていたのだけれど。
同じカテゴリの中にビジネスライクな画像を存在させるには、ちょっと無理がありそう。
それなら「ルートディレクトリでの企画モノ」という位置づけにしてみようか。
こうやって、当初の計画がどんどん修正されていくんだなぁ。
やってみないと、わからないもんです。
『百式』を見てたらこんなのが紹介されていたので。
やってみたら、かなり笑えました。
いやー、そんなに増えないでもいいです。
この動きが、なんともユニークで。
疲れ飛びますね。
↑さらにこんな動きもするらしい。
こういう「言語の要らない表現」って、世界共通で見れるからいいなぁ、と思う今日この頃。
最終的には無声映画のような、誰にでもわかりやすい表現を使って何かを伝えられたらいいな、と思います。
※そもそも、文章書くのが苦手なもので・・・。
デザイン的に、いまひとつ納得がいきません。
でも、機能としては「こうしたい」。
JavaScriptかAjaxか何かで整形すればオシャレなものができるんだろうか。
やりたいことと、できることの差が開きすぎているのを痛感。
でも人には任せる気がなくて。
全部自分でやることの利点は、どの部分で何をどうしているか自分でわかっているので、メンテナンスが(ある意味)楽なこと。
人に頼むことの利点は、同じ時間で平行して行うことができること。
時間に余裕がないとき、先を急ぐとき、今すぐやらなくては手遅れになるときなどは「自分ひとりで」とは言っていられない。
だから、自分でできる分だけをこなす日々。
自らのぞんだ、亀の歩みです。

雑記帳は「雑記」だからまだ許せるとして。
その中にこの「ひとりごと」が独立した形で存在している。
「雑記帳」の中に「ひとりごと」を作成したことにより、カテゴリごとに条件分岐をせざるを得なくなってしまった。
「雑記帳に載せている範疇でのひとりごと」という位置づけにしたかったので、間違いではないのだが。
このカテゴリの中に子カテゴリがないことで、このカテゴリ内が一定のテンションに保てることが唯一の救いだろうか。
一定の「型」に従って発信されているサイトは、見る側からしても「見やすい」。
人の目は「一定した感じ」をやはり好むのだろう。
型は安定していて、中身は常に変化がある。
それがきっと、コツなんだろうな。